※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
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久保史緒里さんの実家は、宮城県富谷市にある一戸建てです。
父親は宮城県屈指の進学校・仙台第二高等学校の校長を務めた教育者・久保義洋さんで、名前の「史緒里」には「歴史を重んじる人になってほしい」という父の願いが込められています。
母親の久保正子さんは山形県尾花沢市出身で、久保さんにとって「一番話ができる存在」として家族の精神的な柱を担ってきた方です。
3歳年上の姉・久保万里子さんは仙台第一高校から関西外国語大学に進み、ミスコングランプリを受賞した才色兼備の女性です。
中学3年生で乃木坂46の3期生オーディションに合格し、2016年にデビューした久保さんは、2025年11月27日に横浜アリーナで卒業コンサートを行いました。
父の故郷・宮城県石巻沖の田代島が東日本大震災の津波で流された経験は、1st写真集「交差点」にも刻まれた久保さんの地元愛の原点です。
記事のポイント
①:実家は宮城県富谷市の一戸建て(ピアノあり)
②:父・久保義洋さんは仙台二高校長の教育者
③:母・久保正子さんは山形県尾花沢市出身
④:姉・久保万里子さんは関西外語大ミスコングランプリ
久保史緒里の実家と家族構成|父・久保義洋の影響
- 父親・久保義洋と仙台二高校長の経歴
- 父親の故郷・田代島と東日本大震災
- 母親・久保正子と山形県尾花沢市
- 姉・久保万里子と4人家族の絆
- 宮城県富谷市の地域概要とアクセス
- 富谷市の地価と住環境
父親・久保義洋と仙台二高校長の経歴
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久保史緒里さんの父親について、まず確認しておきたいのはその職歴の重さです。
宮城県内で長年にわたって教育者として活躍し、最終的には東北有数の進学校・仙台第二高等学校の校長にまで上り詰めた久保義洋さんの存在は、久保史緒里さんという人物を語る上で欠かせません。
2019年に放送された「乃木坂工事中」の番組内で父親の名前が「久保義洋」さんであることが明かされ、ファンの間で大きな話題となりました。
久保義洋さんのプロフィールと基本情報
下記の表は、久保義洋さんの基本情報と久保史緒里さんのプロフィールをまとめたものです。
| 項目 | 久保史緒里 |
|---|---|
| 本名 | 久保史緒里(くぼ しおり) |
| 生年月日 | 2001年7月14日 |
| 2026年09月20日現在の年齢 | 25歳 |
| 出身地 | 宮城県富谷市 |
| 身長 | 161cm |
| 血液型 | O型 |
| 所属 | 乃木坂46合同会社 |
| グループ経歴 | 乃木坂46 3期生(2016年〜2025年11月27日卒業) |
| 項目 | 父親・久保義洋 |
|---|---|
| 氏名 | 久保義洋(くぼ よしひろ) |
| 出身地 | 宮城県石巻市沖・田代島 |
| 主な職歴 | 宮城県立高校教諭→教頭→仙台第二高等学校校長→退職 |
| 退職後 | 2023年・仙台育英学園教頭に就任 |
| 家族 | 妻・正子、長女・万里子、次女・史緒里 |
久保義洋さんは、宮城県内の複数の公立学校で教鞭をとりながらキャリアを重ね、最終的に仙台第二高等学校の校長という要職に就きました。
2019年に「乃木坂工事中」で名前が判明して以降、「校長先生の娘さん」というイメージが広まり、久保史緒里さんの知的な印象や礼儀正しさの背景として語られるようになっています。
仙台第二高等学校校長としての歩み
仙台第二高等学校は、宮城県仙台市青葉区にある公立進学校で、偏差値は72〜74と東北地方でも最高峰クラスのレベルを誇ります。
東北大学をはじめとする難関国立大学への合格者を毎年多数輩出し、「仙台二高」の名は宮城県内では特別なブランドとして知られています。
その伝統校で校長を任された久保義洋さんのキャリアは、教育者としての集大成と言えるポジションです。
校長としての在職期間中は、学力向上だけでなく生徒の自主性や地域との連携を重視していたとされており、PTAや卒業生からの信頼も厚く、感謝の声が多く上がったとも語られています。
学校関係者の間では、進学校ゆえの厳しさの一方で、部活動や芸術活動、ボランティアといった幅広い経験を生徒に提供することを大切にしていたことが知られています。
2023年・仙台育英学園教頭への転身
仙台二高の校長を退職した後も、久保義洋さんは教育現場を離れませんでした。
2023年には私立の仙台育英学園の教頭として赴任したことが、同学園が発行する「仙台育英学園報」で確認されています。
仙台育英学園は、甲子園でも活躍する野球部などで全国的に名の知れた有名私立高校です。
公立進学校のトップから私立の名門校へと場を移しても教育への情熱を持ち続ける姿勢は、久保義洋さんの教育者としての本質を表しているように感じます。
退職後もこうして現場にとどまる父親の姿は、久保史緒里さんが「努力をやめない人」として評価される背景にもつながっているのではないでしょうか。
名前「史緒里」に込めた父の願い
久保義洋さんが歴史を非常に大切にする人物であることは、娘の名前からも伝わってきます。
「史緒里」という名前には「歴史を重んじる人になってほしい」という父親の願いが込められているとされており、教育者として歴史の持つ意味を深く理解していたからこその命名です。
久保史緒里という名前は、読み方こそ一般的な「しおり」ですが、漢字の「史」が歴史の「史」であることに気づくと、父親の教育者としての哲学が滲み出ています。
ここ、ちょっと粋なエピソードだと思いませんか。
家庭での教育方針と娘への言葉
久保義洋さんは多忙な教育者でありながら、家庭での子育てにも熱心だったとされています。
「努力を大切にすること」「礼儀正しくあること」「地元や家族を大事にすること」といった価値観を家庭内でも伝え続けていたと語られています。
久保史緒里さんが芸能活動を始めた後も「学業との両立」を助言していたというエピソードからは、厳格でありながら娘の夢を応援する父親像が浮かび上がります。
一方で、校長として仕事熱心すぎるあまり、久保さんのライブには来たことがないとも語られており、ファンの間では「仕事一本な厳格な父」として微笑ましく語り継がれています。
家族で東北楽天ゴールデンイーグルスの野球観戦に行くことが恒例で、試合中に父親がサインボールをキャッチして自宅に飾っているというエピソードは、厳格な教育者の「人間らしい一面」として印象的です。
父親の故郷・田代島と東日本大震災
久保史緒里さんの地元愛を語る上で、父親の故郷・田代島のエピソードは絶対に外せません。
2011年の東日本大震災と津波被害は、久保家にとっても他人事ではなく、直接的な傷跡を残した出来事でした。
このエピソードは、2022年頃に放送された「乃木坂46のオールナイトニッポン」の中で久保さん自身が語ったもので、多くの人の胸に響きました。
田代島はどんな島か
田代島は、宮城県石巻市の沖合に浮かぶ小さな離島です。
猫が多く住み着いていることから「猫の島」として全国的に知られており、島内では猫が人間よりも多いとも言われています。
かつては漁業が盛んな島でしたが、高齢化や人口減少が進み、現在は数十人規模の住民が暮らす静かな島となっています。
石巻港からフェリーで約1時間という距離で、本州とは切り離された独特の島時間が流れる場所です。
久保義洋さんはそんな田代島の出身で、最も海に近い海沿いの家に生まれ育ちました。
久保史緒里さんも幼い頃に「よく小さい時に遊びに行ったりとかしていた」と語っており、田代島は久保家にとって大切な原風景でした。
東日本大震災と津波で流された実家
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、田代島にも甚大な被害をもたらしました。
久保義洋さんの実家は海沿いに位置していたため、津波によって完全に流されてしまいました。
久保史緒里さんはラジオの中でこう語っています。
「父の実家が1番海に近い海沿いのところに家があったんですよ。よく小さい時に遊びに行ったりとかしていたんだけど、東日本大震災でその家が津波で流されてしまった。」
「家族は無事だったんですけど、家は全部流されてしまった」とも続けており、家族が無事だったことへの安堵と、思い出の家を失った複雑な気持ちが滲み出ていました。
震災当時、久保史緒里さんはまだ9歳の小学生でした。
聞いてはいたものの、東京で働くようになってからも実際に被災地となった場所を自分の目で見に行けずにいたと明かしています。
写真集「交差点」と被災地への想い
2022年に発売された1st写真集「交差点」の撮影で東北を訪れた際、久保史緒里さんはついに田代島を訪れることができました。
しかし津波の被害があまりにも大きく、写真と照らし合わせても父の実家がどこにあったのか分からない状態になっていました。
現地の人に相談し、場所を教えてもらって「ここまで波が来たんだよっていう話とかを、本当に丁寧にしていただいた」と震災の話を直接聞くことができたと語っています。
その際に撮影した写真は、当初写真集には収録予定がありませんでした。
「風化させない」ための1枚
久保史緒里さんは「私がどうしてもこれは風化させないためにも、自分が宮城県出身の身として、何かできることがあるんじゃないかっていう意味で入れさせていただきました」と語り、自らの強い意志で被災地の写真を写真集に収録しました。
アイドルの写真集に東日本大震災の被災地の写真を入れるというのは、芸能界でも珍しい選択です。
この決断は、宮城県出身者としての責任感と、父親の故郷への深い愛着がなければ生まれなかったものでしょう。
東北を「単なる出身地」ではなく「守るべき故郷」として向き合う久保史緒里さんの姿勢が、この1枚に凝縮されています。
母親・久保正子と山形県尾花沢市
久保史緒里さんの母親・久保正子さんについては、2019年の「乃木坂工事中」で名前が明かされたことで広く知られるようになりました。
久保さんにとって正子さんは「一番話をするのは母」「悩みは母に相談する」と語るほど信頼できる存在で、芸能活動を支えてきた精神的な柱でもあります。
久保正子さんのプロフィール
以下の表は、久保正子さんの基本情報をまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 久保正子(くぼ まさこ) |
| 出身地 | 山形県尾花沢市 |
| 年齢 | ラジオ「金つぶ」で52歳と明かした(放送時期不明) |
| 判明の経緯 | 2019年「乃木坂工事中」で名前が公開 |
| 特徴 | 久保史緒里さんが最も相談する存在 |
ラジオ「金つぶ」の番組内で久保史緒里さんが「母は52歳」と明かしており、現在は50代の女性であることが分かっています。
父親の久保義洋さんが宮城県石巻沖・田代島の出身である一方、母親の正子さんは山形県の北部・尾花沢市出身という東北の二県にわたるカップルです。
山形県尾花沢市の特徴
山形県尾花沢市は、山形県の北部に位置する市で、すいかの生産地として全国的に知られています。
「尾花沢スイカ」はブランドとして高い評価を得ており、夏になると地元から全国へ出荷されるほどの名産品です。
また奥羽山脈の麓に位置し、冬は積雪が多い豪雪地帯でもあります。
徳良湖(とくらこ)は尾花沢市を代表する観光スポットで、豊かな自然と静かな湖面が広がる場所です。
久保史緒里さんにとって尾花沢市は「母の地元」であり、帰省時には祖父にトラックに乗せてもらって徳良湖へ連れて行ってもらった思い出の場所でもあります。
徳良湖と祖父との思い出
久保史緒里さんのインタビューやメディア出演では、山形県尾花沢市での思い出が語られることがあります。
「母の地元という山形県尾花沢市で撮影された写真で、遊びに行く度に祖父がトラックに乗せて連れて行ってくれた思い出の徳良湖でのショット」という形で記録されており、尾花沢市が久保史緒里さんにとっても思い出の地であることが伝わります。
祖父がトラックで連れて行ってくれたというエピソードは、農業や物資輸送が盛んな尾花沢ならではの光景で、その牧歌的なシーンが久保さんの心に深く刻まれているようです。
こうした地方の祖父母との時間が、後の久保史緒里さんの「地方愛」「ふるさとへの思い」の原点となっているのかもしれません。
久保さんにとっての母親の存在
久保史緒里さんは中学3年生で乃木坂46のオーディションに合格し、その後は東京と宮城を行き来しながら芸能活動を続けてきました。
そんな多忙な生活の中で、最も相談相手になってくれたのが母親の正子さんです。
「悩みは母に相談する」「一番話をするのは母」という発言からは、物理的には離れていても精神的には常に母親が近くにいるという久保さんの家族観が伝わってきます。
チアダンスを始めるきっかけも母親が野球観戦中に勧めてくれたからという話があり、久保史緒里さんの人生の大きな転換点に母親の存在が関わっています。
芸能界という厳しい世界で長く活躍できた背景には、山形から宮城に嫁ぎ、姉妹を育て上げた久保正子さんの献身があったのは間違いありません。
姉・久保万里子と4人家族の絆
久保史緒里さんの家族構成は父・母・姉・本人の4人家族です。
3歳年上の姉・久保万里子さんは、勉強・容姿・性格どれをとっても「自分より優秀だった」と久保史緒里さん自身が語るほどの存在感を持つ女性です。
家族構成一覧
以下の表は、久保史緒里さんの家族構成をまとめたものです。
| 続柄 | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| 父親 | 久保義洋 | 仙台二高校長歴任・2023年仙台育英学園教頭 |
| 母親 | 久保正子 | 山形県尾花沢市出身・家族の精神的支柱 |
| 姉 | 久保万里子 | 3歳年上・仙台一高→関西外語大学ミスコングランプリ |
| 本人 | 久保史緒里 | 乃木坂46 3期生(2016〜2025年) |
4人家族に加え、犬も飼っていたことが確認されており、姉・万里子さんのSNSで紹介されていたペットの名前と久保史緒里さんが実家で飼っているペットの名前が一致していたことから、姉妹関係が判明したというエピソードもあります。
姉・久保万里子さんの経歴
久保万里子さんは宮城県の進学校・仙台第一高等学校(偏差値70超)を卒業後、関西外国語大学に進学しました。
大学在学中にはミスコンテストでグランプリを受賞するという輝かしい実績を持ちます。
学力と容姿を兼ね備えた姉の姿は、久保史緒里さんにとって常に目標であり、同時にプレッシャーでもあったようです。
「姉は本当に何でもできる」「自分は姉の影に隠れている感じだった」と語っており、姉への複雑な気持ちが率直に伝わってきます。
姉への劣等感が乃木坂オーディションの原動力に
ラジオでは「姉に対して劣等感を抱いた時期もあった」と振り返る場面がありました。
「自分には姉には勝てない部分もあるから、違う道で自分を証明したい」という気持ちが乃木坂46オーディションへの挑戦に繋がったという見方をするファンも多いです。
実際、中学3年生という決して早くない年齢でオーディションに飛び込んだ行動力の裏には、「姉にはない自分だけの何か」を掴みたいという強い思いがあったのかもしれません。
姉妹は仲が良く、共通の趣味である野球観戦を家族一緒に楽しんでいたことも語られており、ライバル意識と姉妹愛が共存する関係性です。
楽天イーグルスを愛する久保家の絆
久保家の家族全員が東北楽天ゴールデンイーグルスの熱烈なファンです。
家族で仙台のスタジアムへ観戦に出かけることが恒例行事となっており、父親が試合中にサインボールをキャッチして自宅に飾っているというエピソードは、家族の結束を象徴するような話です。
久保史緒里さんが中学3年生まで楽天チアガールとして活動していたのも、もとをたどればこの家族全体の楽天愛が出発点でした。
共に声を上げて応援できるスポーツは、家族の共通言語でもあったのでしょう。
宮城県富谷市の地域概要とアクセス
久保史緒里さんが育った宮城県富谷市は、仙台市の北側に位置するベッドタウンです。
出身地として「宮城県富谷市」が認識されているのは、通っていた中学校が富谷市の東向陽台中学校である可能性が高く、その学区内に実家があると考えられているためです。
富谷市の基本情報
以下の表は、富谷市の基本情報をまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 市の名称 | 宮城県富谷市 |
| 市制移行 | 2016年1月1日(それ以前は富谷町) |
| 人口 | 約5万2000人(宮城県内で増加傾向が続く自治体) |
| 位置 | 仙台市の北側・黒川郡に隣接 |
| 主な特徴 | 子育て世代の多い新興住宅地、大型商業施設が充実 |
富谷市は2016年に市制移行を果たした、宮城県の中では比較的新しい市です。
1970年代以降に大規模な住宅開発が進み、仙台市のベッドタウンとして急速に人口が増加してきました。
宮城県内でも数少ない「人口が増加し続けている自治体」として注目されており、子育て環境の整備が進んでいることが人気の理由のひとつです。
仙台市からのアクセスと生活環境
富谷市から仙台市中心部まで、車で約30〜40分というアクセスの良さは、ベッドタウンとして発展した大きな要因です。
東北自動車道の富谷インターチェンジが近く、高速道路を利用した移動も便利です。
また仙台駅へはバスで1時間前後という立地で、買い物・通勤・通学いずれも仙台市中心部に依存しやすい環境が整っています。
市内にはイオンをはじめとする大型ショッピングモールが複数あり、日常生活は富谷市内でほぼ完結できる便利さがあります。
子育て世代が多い東向陽台地区
久保史緒里さんが通っていたとされる東向陽台中学校は、富谷市の東向陽台地区にあります。
東向陽台は1970年代から開発が進んだ大規模住宅団地で、一戸建てが並ぶ落ち着いた住宅街です。
教育環境が整っており、学習塾や習い事の施設も充実していることから、子育て世代が多く居住しています。
久保史緒里さんが小学生時代から「チアダンス・バドミントン・ピアノ」と多くの習い事をこなせていたのは、こうした恵まれた教育環境があってこそと言えるでしょう。
富谷市ゆかりの著名人
富谷市は人口約5万人の中規模の市で、芸能界での著名人は久保史緒里さんが代表格となっています。
東北地方出身のアイドル・タレントとして全国的な知名度を持つ人物が富谷市出身というのは、市としても誇りある話題であり、久保さんの卒業後も地元との繋がりを大切にしている点が地域から愛される理由でもあります。
2026年3月には仙台市に本社を置く仙台ターミナルビル株式会社のスペシャルサポーターとして就任しており、地元・宮城の企業から選ばれる存在としての地位を確立しています。
富谷市の地価と住環境
久保史緒里さんの実家がある富谷市の住環境について、地価の観点から整理してみます。
実家が一戸建てであること、ピアノが置かれていること、書道の書初めが飾られていることなどのエピソードから、落ち着いた住宅地にある一般的な戸建て住宅という姿が浮かび上がります。
富谷市の公示地価と住宅事情
国土交通省の公示地価(令和6年・2024年)によると、富谷市内の住宅地の価格は1㎡あたり概ね3万円〜5万円台の水準とされています。
仙台市中心部が1㎡あたり10万円超の水準であるのと比較すると、富谷市は手頃な価格帯で一戸建てを取得できる住宅地です。
東向陽台地区は富谷市内でも古くから開発された住宅団地で、緑が多くゆったりとした区画が多いエリアです。
ピアノを置けるスペースのある一戸建てというのは、こうした郊外の新興住宅地としては一般的な住宅形態で、久保家の実家についても同様の形態だと考えられています。
ピアノのある一戸建て暮らし
久保史緒里さんはラジオやインタビューの中で、実家にピアノがあったことを話しています。
小学生の頃からピアノの練習を続けており、教室に通わない日でも自宅で練習できる環境が整っていたことが語られています。
乃木坂46に加入した後も、SHOWROOM配信や番組企画でピアノを演奏したことがあり、ファンから「上品」「育ちが良い」という評価を受けたエピソードがあります。
また「乃木坂46のオールナイトニッポン」第248回(2024年3月13日放送)の「実家の癒し」回では、書道で金賞を獲得したことがあり、その書初めが実家に飾ってあるというエピソードが紹介されています。
実家には子どもの頃の思い出が大切に保管されており、家族の温かさが伝わる話です。
楽天球場への近さと観戦文化
富谷市から楽天モバイルパーク宮城(宮城球場)までは、車で約30〜40分の距離です。
久保家が家族で楽天イーグルスの試合観戦に行くことを恒例行事としていたのも、この距離感があってこそです。
東北楽天ゴールデンイーグルスは2004年に創設されたチームで、東北地方の住民にとって特別な存在感を持つプロ野球チームです。
久保史緒里さんが小学3年生からチアガールとして活動し始めたこと、家族でスタジアムに足を運んでいたことからも、富谷市という土地とプロ野球が密接に結びついた生活環境だったことが分かります。
実家の暮らしと久保史緒里さんの人格形成
落ち着いた住宅街・東向陽台での一戸建て暮らしは、久保史緒里さんの穏やかで真面目な性格の形成に大きく関わっていると多くのファンが見ています。
騒がしすぎず静かすぎない郊外の住環境、家族全員で野球を応援する団欒、ピアノや書道といった情操教育への投資——。
こうした家庭環境の積み重ねが、「アイドルであり知的な女優」という現在の久保史緒里さんの姿を作り上げた土台だと言えるでしょう。
久保史緒里の実家・富谷市と地元愛
- 幼少期のエピソードとチアダンスの出会い
- 東向陽台中学校の学歴と部活
- 目黒日本大学高校と2020年卒業
- 仙台の食文化とせり鍋愛
- 宮城への地元愛と帰省エピソード
幼少期のエピソードとチアダンスの出会い
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久保史緒里さんの幼少期は、富谷市・東向陽台地区での穏やかな住宅街生活の中で始まりました。
チアダンスとの出会い、プロ野球との縁、そして乃木坂46へのファン心理と、その後の芸能人生の伏線となる出来事が次々と起きた時期でもあります。
富谷市立東向陽台小学校での日々
久保史緒里さんは富谷市立東向陽台小学校を卒業したとされています。
東向陽台小学校は、住宅団地の中心に位置する地域密着型の小学校で、地元の子どもたちが集まる学校です。
小学生時代の久保さんは勉強や習い事に熱心に取り組む生徒だったとされており、その姿勢は中学での「オール5に近い成績」にもつながっています。
小学6年生のとき、乃木坂46の「おいでシャンプー」のミュージックビデオで桜井玲香さんを見て乃木坂46のファンになったというエピソードがあり、この出会いが後のオーディション挑戦への布石となりました。
母親が勧めたチアダンスとの出会い
久保史緒里さんがチアダンスを始めたきっかけは、母親の正子さんが野球観戦中に勧めてくれたことでした。
家族で楽天イーグルスの試合を観戦していた際、試合前後のチアリーダーのパフォーマンスを見て、母親が「やってみれば?」と声をかけたのが始まりです。
子どもの可能性に気づき、一歩を踏み出すきっかけを与えた母親の感性が光るエピソードです。
チアダンスで人前でのパフォーマンスに慣れていたことが、乃木坂46のオーディションや活動の基礎体力となったことは言うまでもありません。
東北楽天ゴールデンエンジェルスジュニアでの7年間
久保史緒里さんは小学3年生から中学3年生まで、約7年間にわたって東北楽天ゴールデンエンジェルスジュニアのメンバーとして活動しました。
東北楽天ゴールデンエンジェルスジュニアは、楽天イーグルスの公式チアリーダーである「東北楽天ゴールデンエンジェルス」の下部組織に当たるジュニアチームです。
試合前後のプロのスタジアムでパフォーマンスを行うという経験は、プロ意識や観客を前にした表現力を養う貴重な機会でした。
7年間にわたってこの活動を続けたことで、ダンスの基礎技術と舞台度胸が自然と身に付いていったのでしょう。
乃木坂46のファンになったきっかけと夢への目覚め
小学6年生のとき、乃木坂46の「おいでシャンプー」のミュージックビデオで桜井玲香さんを見て乃木坂46の大ファンになりました。
その後、中学2年生の頃に開催されたアンダーライブ東北ツアーに参加。
「乃木坂に入りたい」という強い思いを抱き、2016年に3期生オーディションへ応募して合格を果たしました。
チアダンスで身に付けたパフォーマンス力と、ファンとして積み上げた乃木坂46への愛情が、オーディション合格に直結したと考えられています。
東向陽台中学校の学歴と部活
久保史緒里さんが通ったとされる富谷市立東向陽台中学校は、富谷市の学校区内に位置する公立中学校です。
この中学校での3年間は、勉強・部活・チアダンス・乃木坂46オーディションと、密度の高い中学生活を送った時期でもありました。
東向陽台中学校の概要
以下の表は、東向陽台中学校の基本情報をまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | 富谷市立東向陽台中学校 |
| 所在地 | 宮城県富谷市明石台1丁目14 |
| 種別 | 公立中学校 |
| 久保さんの部活 | バドミントン部(部長) |
| 成績 | オール5に近い成績(ラジオ等で言及) |
| 特記 | 中3でチアガール活動・乃木坂46オーディション合格 |
東向陽台中学校は、富谷市内の住宅団地の中心に位置する地域の公立校です。
久保史緒里さんはこの学校に在籍しながら、バドミントン部の部長を務め、楽天チアガールとして活動し、さらに乃木坂46のオーディションを受けるという驚異的な多忙さを誇っていました。
バドミントン部長としての葛藤
東向陽台中学校でバドミントン部の部長を務めた久保史緒里さんでしたが、その経験は必ずしも輝かしいものではありませんでした。
部長としての厳しさが原因で部員との距離が生まれてしまい、部活の仲間にあまり好かれていなかったという話をラジオで自ら語っています。
修学旅行の班決めでも、部活の仲間と組むことができず、あまり話したことのない生徒と同じ班になったというエピソードはファンの間でよく知られています。
真面目で責任感が強いがゆえに周囲から浮いてしまうという経験は、多くの人に共感を呼ぶエピソードです。
オール5に近い成績の裏側
中学時代の成績はオール5に近い評価を取っていたと複数の媒体で語られており、学力面での優秀さが確認されています。
乃木坂46の「乃木坂学力テスト」では2018年に70点という高得点を記録し、クイズ番組でも活躍する山崎怜奈さんと並ぶトップスコアを出した過去があります。
「普段から授業をしっかり聞いて理解するスタイル」で、テスト前の詰め込みではなく日常の積み重ねで成績を維持していたと語っています。
部活でも孤独を感じながら、勉強やチアダンスには力を入れ続けたことが、オール5という結果につながったのでしょう。
乃木坂46オーディション合格の経緯
中学3年生のとき、久保史緒里さんは乃木坂46の3期生オーディションを受けます。
SHOWROOM審査の段階で学校中にオーディションを受けていることが知れ渡り、「合格しなければ転校しなければならないかもしれない」と感じるほど追い詰められた精神状態でも、くじけずに挑戦し続けました。
部活で孤立感を覚えた経験が、「自分にしかできない舞台で認められたい」という強い動機を生んでいたのかもしれません。
結果として見事合格し、中学卒業後は東京での芸能活動がスタートすることになります。
目黒日本大学高校と2020年卒業
乃木坂46の3期生として活動を始めた久保史緒里さんは、中学卒業後に東京の目黒日本大学高等学校(旧・日出高校)へ進学します。
通信制課程を持つこの学校は、芸能活動と学業の両立を目指す生徒が多く在籍することで知られており、乃木坂46の同期メンバーも複数が在籍した学校です。
高校選びの理由と通信制の特徴
目黒日本大学高等学校の通信制課程は、出席日数やレポート提出など、一般的な全日制高校と比べてフレキシブルな学習スタイルが認められています。
乃木坂46の活動はライブ・テレビ収録・雑誌撮影など多岐にわたり、スケジュールが固定された通常の全日制高校では出席要件を満たすのが困難です。
芸能コースのような仕組みで同じような立場の仲間と刺激し合える環境も整っており、学業と芸能活動を両立したい生徒にとって理想的な進学先です。
久保史緒里さんも、限られた時間の中でレポートを提出し、登校日をやりくりしながら高校3年間を乗り越えました。
乃木坂46同期との同じ学校への入学
入学時には、同じ乃木坂46の3期生メンバーである阪口珠美さんと中村麗乃さんとともに同じ学校へ入学しました。
入学式で「席があるのかな」「大丈夫かな」と緊張で不安でいっぱいになっていたとき、阪口珠美さんが「うちらは何坂?乃木坂だよ!」と明るく声をかけ腕を組んで校内を歩いたというエピソードは、ファンの間で語り継がれる名場面です。
さらにその後、4期生の遠藤さくらさん・賀来遥香さん・金川沙耶さんが同校に編入し、2001年生まれの乃木坂46メンバー6人が同じ学年に集まるという特別な環境が生まれました。
仙台二高との噂の真相
一時期、久保史緒里さんが宮城県の進学校・仙台二高に通っていたという噂がネット上で流れていました。
これは、父親の久保義洋さんが仙台二高の校長を務めていたという情報と本人の話が混同されたことが原因です。
実際には、芸能活動のために東京の目黒日本大学高等学校(通信制)へ進学しており、仙台二高とは無関係です。
ただ、学力の高さと「父が仙台二高の校長」という事実が組み合わさって噂になったのは、ある意味で久保さんの知性的なイメージの裏付けとも言えます。
2020年3月の卒業と袴姿の報告
2020年3月、久保史緒里さんは目黒日本大学高等学校を卒業しました。
乃木坂46の公式ブログでは、袴姿の卒業写真とともに卒業証書を手にした晴れやかな姿が公開され、多くのファンから祝福のメッセージが届きました。
高校卒業後は大学には進学せず、芸能活動に専念する道を選んでいます。
忙しいスケジュールの合間を縫って学業を全うしたその真面目さは、父親の教育哲学が確かに受け継がれていることを感じさせます。
仙台の食文化とせり鍋愛
久保史緒里さんは地元・仙台の食文化について、ラジオや取材でたびたび熱く語っています。
特に「コロナワールド」や「せり鍋」など、東京では知られていない宮城ならではの話題を全国に向けて発信する場面が印象的です。
宮城・仙台の食文化と名物
仙台市は「牛タン」「ずんだ餅」「笹かまぼこ」など、全国的に知名度の高いグルメが多い都市です。
以下の表は、宮城・仙台の主な名物グルメをまとめたものです。
| 名物 | 特徴 |
|---|---|
| 牛タン焼き | 仙台名物の定番。麦飯・とろろ・テールスープとのセットが定形 |
| ずんだ餅 | 枝豆を使った緑色の餡が特徴。仙台土産の代表格 |
| せり鍋 | 根っこごと入れるせりが主役の鍋料理。冬の風物詩 |
| 笹かまぼこ | 仙台湾産の白身魚を原料にしたかまぼこ。笹の葉形が特徴 |
| 萩の月 | 宮城を代表する銘菓。全国区の人気土産 |
せり鍋への熱い語り
2025年10月のTBCラジオ出演で久保史緒里さんは、「ほら、せり鍋の季節がやってきたね、冬。仙台のせり鍋はクセがなくてね、おいしいんですよ」と地元愛全開で語っています。
仙台のせり鍋は根っこごとせりを鍋に入れて食べるスタイルが特徴で、独特の香りと食感が楽しめる冬の名物です。
東京でこの話をしても誰も知らないとも語っており、全国に広まっていない宮城の良さを伝えたいという強い思いが感じられます。
コロナワールドと地元エンタメへの愛着
「東北放送のみなさん、コロナワールドを知っていますよね?東京でコロナワールドの話をしたらみんな知らなかったんだよ」とラジオで語った発言が話題を呼びました。
コロナワールドは仙台市内にある大型複合エンターテインメント施設で、地元の人には馴染み深いスポットです。
こうした地元の「当たり前」が東京では通じない体験が、久保史緒里さんにとって宮城の独自性と魅力を再認識するきっかけになったようです。
宮城グルメ・文化の全国発信
乃木坂46としての9年間、久保史緒里さんは一貫して地元・宮城の魅力を全国に向けて発信し続けてきました。
せり鍋・コロナワールド・楽天イーグルスといった地元トークは、全国のファンに宮城という土地への興味を持たせるきっかけになっています。
東北出身であることに誇りを持ち、ふるさとの食文化や暮らしを臆せず語る姿勢は、2026年以降の仙台ターミナルビルスペシャルサポーターとしての活動にもつながっています。
地元の食を知ることは、その土地の文化や人々の暮らしを理解することと同じです。
久保史緒里さんが仙台のグルメを熱く語るたびに、実家での食卓の記憶と、家族が育んでくれた故郷への愛がにじみ出てきます。
宮城への地元愛と帰省エピソード
久保史緒里さんの宮城への想いは「地元が好き」というレベルをはるかに超えています。
「一生宮城から出ないと思っていた」という強烈な言葉が、その思いの深さを示しています。
TBCラジオでの生放送と「ただいまです」
2025年10月15日深夜、久保史緒里さんは全国放送の「乃木坂46のオールナイトニッポン」の生放送のため、仙台市太白区のTBC本社を訪れました。
スタジオに入るなり「ただいまです」と挨拶した久保さんに、地元放送局スタッフとの温かな関係が伝わってきます。
以前に訪れた際に受け取ったメッセージボードについて「実家に飾ってあるんですよ」と語っており、地元放送局との縁を大切にし続けていることが分かります。
「宮城のみなさん、乃木坂46の久保史緒里です」という言葉からも、宮城の人々に向けた特別な思いが込められていました。
「一生宮城から出ないと思っていた」という本音
2025年10月のラジオ放送終了後、久保史緒里さんは乃木坂46卒業を前にした心境を語りました。
「出身が宮城なので、本当に、とにかく私は、地元にいた頃は一生宮城県から出ないなと意識していたぐらい、本当に宮城が大好きなんです」と話しています。
9年間東京に拠点を置きながらも、「宮城への想いが倍増した」と語る姿は、地方出身者にとって深く共感できる言葉です。
「9年間で宮城の魅力がさらに倍増していると思うので、この9年間で倍増した魅力をみなさんに教えていただけたら」という言葉には、地元への感謝と未来への前向きな姿勢が詰まっています。
仙台ターミナルビルスペシャルサポーター就任
2026年3月、乃木坂46を卒業してから間もなく、久保史緒里さんは仙台ターミナルビル株式会社のスペシャルサポーターに就任しました。
仙台ターミナルビル株式会社は、エスパル仙台やホテルメトロポリタン仙台など、東北地方に多数の施設を展開する企業です。
就任コメントで久保さんは「今まで、東北の皆さんからたくさんの笑顔や元気をいただいたことに感謝の気持ちを込めて、これからは仙台ターミナルビルさんと一緒に、東北に笑顔を届けていきたい」と語りました。
TVCMは宮城・山形・福島の3県で放映が開始されており、乃木坂46卒業後も東北を活動の軸に据えるという久保さんの意志がはっきり示されました。
卒業後も続く東北への誓い
2025年11月27日の横浜アリーナでの卒業コンサートをもって乃木坂46を卒業した久保史緒里さんは、2026年2月に映画「ほどなく、お別れです」に出演するなど女優としての活動を本格化させています。
「これからも宮城県が大好きな気持ちは変わらないので、今後ともよろしくお願いします」というラジオでの言葉通り、地元への愛着は活動の核として残り続けています。
実家がある富谷市から始まり、楽天チアガール・東向陽台中学・乃木坂46・写真集「交差点」・仙台ターミナルビルと、久保史緒里さんのキャリアは常に東北と地続きの歩みです。
そのすべての原点が、宮城県富谷市の一戸建て・実家にあります。
久保史緒里の実家と家族構成の総まとめポイント
- 実家は宮城県富谷市・東向陽台地区の一戸建てで、ピアノと書道の書初めが飾られている
- 父親・久保義洋さんは仙台第二高等学校(偏差値72〜74)の校長を歴任した教育者
- 久保義洋さんは退職後も2023年に仙台育英学園の教頭に就任した
- 名前「史緒里」は歴史を重んじる父の願いが込められている
- 父親の故郷・宮城県石巻沖の田代島は東日本大震災の津波で家が流された
- 1st写真集「交差点」の撮影で初めて田代島を訪れ、「風化させない」思いで1枚を収録した
- 母親・久保正子さんは山形県尾花沢市出身で、久保さんが最も相談する存在
- 祖父と訪れた徳良湖(山形県尾花沢市)が久保さんの思い出の地
- 姉・久保万里子さんは3歳年上・仙台一高→関西外語大学ミスコングランプリ受賞者
- 小学3年生から7年間、東北楽天ゴールデンエンジェルスジュニアのチアガールを務めた
- 東向陽台中学校でバドミントン部長・成績はオール5に近く、2016年に乃木坂46 3期生合格
- 高校は目黒日本大学高等学校(通信制)、2020年3月に卒業
- 「一生宮城から出ないと思っていた」と語るほどの地元愛を持つ
- 2026年3月に仙台ターミナルビルスペシャルサポーターに就任し、東北への愛着を活動に繋げている
- 卒業後も女優・タレントとして活動を続け、東北のプロモーションに力を入れている

