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井上尚弥さんの実家について気になっている方は多いですよね。
ボクシング4階級世界制覇を成し遂げた「モンスター」井上尚弥さんの実家は、神奈川県座間市にあります。
父親・井上真吾さんは塗装会社「明成塗装」の代表取締役をはじめ、不動産業、井上プロモーション、大橋ボクシングジムのトレーナーとして活動する多彩なビジネスマンです。
この記事では、井上尚弥さんの実家がある座間市の特徴、父・真吾さんの職業と生い立ち、母・美穂さんの役割、弟・拓真さんとの兄弟ボクサーの関係、そして幼少期のエピソードまで詳しくまとめます。
記事のポイント
①:実家は神奈川県座間市・父が29歳で建てた自宅
②:父・真吾さんは塗装業・不動産・プロモーションを経営
③:尚弥が6歳のとき父の趣味ボクシングを見て入門
④:弟・拓真さんもWBC世界バンタム級王者の兄弟チャンピオン
井上尚弥の実家がある神奈川県座間市|父・真吾と母・美穂の生い立ち
- 父親・真吾さんのプロフィールと多彩な職業
- 神奈川県座間市の地域概要とアクセス
- 実家の場所と父・真吾が29歳で建てた家
- 母親・美穂さんのプロフィールと家族への役割
- 弟・井上拓真の生い立ちとWBC世界王座
父親・真吾さんのプロフィールと多彩な職業
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井上尚弥さんの父親・井上真吾さんは、1971年8月24日生まれの2026年04月18日現在54歳のビジネスマンです。
塗装業・不動産業・プロモーション事業と複数の会社を経営する経営者として、息子のボクシングトレーナーとしても活躍する多彩な人物です。
井上真吾さんの職業・事業一覧
下の表は井上真吾さんの職業と事業をまとめたものです。
| 事業・役職 | 内容 |
|---|---|
| 明成塗装 | 塗装業の代表取締役。最初に立ち上げた主力事業 |
| 不動産業 | 投資物件(マンション・アパート数棟)を所有・管理 |
| 井上プロモーション | 息子・尚弥の試合プロモーションを手がける会社 |
| 大橋ボクシングジム | トレーナーとして在籍、尚弥を直接指導 |
真吾さんの生い立ちと転換点
真吾さんは小学2年生のときに両親が離婚し、母子家庭で育ちました。
10代の頃は夜遊びに明け暮れ、悪い仲間も多かったといいますが、15歳のときに現在の妻・美穂さんと出会ったことが人生の転換点となりました。
19歳で美穂さんと結婚する際、「携帯電話の番号を変え、悪友との関係をキッパリと断ち切った」という逸話は有名で、家族を守ることへの強い覚悟を示しています。
「物心ついてから父親と離れなければならなくなった経験があったからこそ、家族を大切に思う心が強い」と語られるように、自分と同じ思いを子供にさせたくないという想いが家族への深い愛情につながっています。
ビジネスマンとしての信条
真吾さんは独立してから「20代のうちにわが家を建てる」を目標に掲げ、29歳で本当に座間市に実家を建てました。
「事前に徹底的に調査を重ね、この値段なら買っていいという額を妥協しない」というビジネスでの信条は、ボクシング指導にも通じると語られています。
尚弥が試合前に対戦相手を徹底的にイメージして準備を重ねるスタイルは、父・真吾さんの「準備を妥協しない」という信条を受け継いだものといえるでしょう。
井上真吾さんの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 井上真吾(いのうえ しんご) |
| 生年月日 | 1971年8月24日 |
| 2026年04月18日現在の年齢 | 54歳 |
| 出身 | 山梨県 |
| 現在の拠点 | 神奈川県座間市 |
| 職業 | 明成塗装代表・不動産業・井上プロモーション代表・大橋ジムトレーナー |
| アマチュアボクシング | 2戦2勝 |
神奈川県座間市の地域概要とアクセス
井上尚弥さんが生まれ育った座間市は、神奈川県の中部に位置する人口約13万人の市です。
相模原市と厚木市の間に位置しており、小田急小田原線の相武台前駅と座間駅が最寄り駅となっています。
座間市の地理とアクセス
座間市は東京都心から南西に約40kmの距離に位置し、新宿駅まで小田急線で約1時間強でアクセスできる首都圏の生活圏に属しています。
市の面積は17.57平方キロメートルと神奈川県内では2番目に小さな市ですが、人口密度は高く、住宅地が密集しています。
市内には米陸軍キャンプ座間が位置しており、米軍関係者も多く居住する国際的な雰囲気も持つ地域です。
座間市の産業と生活環境
座間市はかつてホンダの座間工場が立地していたことでも知られており、現在はその跡地が再開発されて商業施設や住宅地となっています。
市内にはスーパーマーケット、飲食店、学校などが揃っており、生活利便性は高い地域です。
父・真吾さんが手がける明成塗装や不動産業にとっても、首都圏近郊の住宅密集地という立地は事業の土台となっています。
座間市の公示地価と住宅事情
座間市の公示地価は、2024年時点で住宅地の平均が1㎡あたり約17〜22万円前後と、神奈川県内の主要エリアと比べて手頃な水準にあります。
父・真吾さんが29歳で実家を建てた際の座間市の地価も、首都圏でありながら比較的購入しやすい価格帯だったことがうかがえます。
尚弥さん自身も生まれ育った座間に約300平方メートルの豪邸を建てたとされており、故郷への愛着が深いことが伝わってきます。
座間市出身の有名人
座間市からは井上尚弥さん・拓真さん兄弟のほかにも、各分野の著名人が輩出されています。
ボクシング世界王者の兄弟が同じ市から生まれたという事実は、座間市にとっても誇りであり、市を代表する偉人として地域の人々に愛されています。
また、座間市は小田急線沿線の住宅都市として関東圏にも広く知られており、ファンが聖地巡礼に訪れることもある地域です。
実家の場所と父・真吾が29歳で建てた家
井上尚弥さんの実家は神奈川県座間市の住宅地にあります。
父・真吾さんが明成塗装を立ち上げ、独立後に「20代のうちにわが家を建てる」という目標を掲げ、29歳のときに本当にその夢を叶えた場所です。
29歳で建てた夢の実家
真吾さんが29歳で建てた実家は、後にボクシング世界チャンピオンを2人生み出す「チャンピオンの家」となりました。
高校時代から交際していた妻・咲弥さんが実家で同居した期間があることも知られており、実家は尚弥さんのボクシング人生を支えた拠点でもありました。
尚弥さん自身は後に「父は29歳で今の実家を建てた。僕は父より3年早く『わが家』を持つことになったわけだが、幼い頃から、何不自由なくボクシングに専念できる環境を作ってくれた父には改めて感謝だ」と語っており、父への深い敬意がうかがえます。
実家とボクシングの環境
父・真吾さんが24歳でボクシングを趣味として始め、その練習場所として近くにボクシングジムを活用したことが、尚弥さんのボクシング入門につながりました。
幼い尚弥さんが6歳で父親の練習を見て「やってみたい」と言ったとき、それを快く許した実家での温かい環境が、その後の世界チャンピオンの誕生を陰で支えていました。
明成塗装の社会的信用が後にローン購入を可能にしたことも、家族の生活基盤がいかにしっかりしていたかを示しています。
座間市の実家周辺の環境
座間市の住宅地は比較的静かな環境で、周辺には公園や学校なども揃っており、子供が育つ環境として申し分ない地域です。
尚弥さんが高校時代に通った相模原青陵高校は座間市の隣の相模原市に位置しており、実家からも通いやすい距離にありました。
現在も尚弥さんは生まれ育った座間市に所縁が深く、故郷への思い入れを語るエピソードが多く残っています。
「父は29歳で今の実家を建てた。幼い頃から、何不自由なくボクシングに専念できる環境を作ってくれた父には改めて感謝だ」という尚弥さんの言葉は、座間市の実家がいかに大切な場所であるかを示しています。
母親・美穂さんのプロフィールと家族への役割
厚底履いててもお母さんだけ小さくて可愛い井上尚弥ファミリー pic.twitter.com/TTArPufIKu
— 太陽ボクシング (@kintrekin) July 16, 2025
井上尚弥さんの母親・美穂さんは、真吾さんが15歳のときに出会い、19歳で結婚した女性です。
若くして結婚し、2人の息子を世界チャンピオンに育て上げた母親として、井上家の精神的支柱ともいえる存在です。
嫁・咲弥さんへの信頼と食事管理
美穂さんは尚弥さんの妻・咲弥さんについて、「出かける時にもマスクをしたり、そういう気配りができる子。結婚した時から『健康面は任せた』と思っている」と語っており、嫁への全幅の信頼を示しています。
真吾さんが「門外不出の勝負メシのレシピを喜んで教えます」と言うほど、美穂さんが管理してきた食事法が家族の財産として伝えられていきました。
美穂さんは栄養管理を重視した食事法を家族に根付かせ、咲弥さんがその意志を受け継いで現在も尚弥さんの食事サポートを担っています。
家族の絆を育んだ美穂さんの存在
尚弥さんが高校時代に時給850円のアルバイトで稼いだ最初のバイト代を使って、母・美穂さんにリクエストされていたスニーカー(8000円)をプレゼントしたエピソードは有名です。
「家族全員で焼肉に行き、ご馳走もした」というそのエピソードは、家族の絆の温かさと、父の「社会勉強のためにアルバイトをしなさい」という教えが実を結んだ瞬間を物語っています。
息子2人が世界チャンピオンになっても変わらず家族の中心にいる美穂さんの存在は、井上家の安定した家庭環境の象徴といえるでしょう。
母親が育んだ家族全体のチームワーク
真吾さんが15歳の頃に美穂さんと出会ったことで人生が変わり、悪い仲間との縁を切って家族第一の人間に変わっていきました。
美穂さんとの出会いがなければ、明成塗装の創業も、2人のボクシング世界王者の誕生もなかったかもしれません。
家族全体のチームワークの根底には、美穂さんという存在が常にいることを、家族のエピソードからうかがい知ることができます。
美穂さんが入院や体調不良などの情報が出ていないことからも、家族みんなが健康に気を遣いながら生活していることがわかります。
弟・井上拓真の生い立ちとWBC世界王座
井上尚弥さんには弟の井上拓真さんがいます。
拓真さんも兄と同じプロボクサーの道を歩み、WBC世界バンタム級王座を獲得した世界チャンピオンです。
拓真さんのプロフィールと戦績
拓真さんは兄・尚弥さんと同様に父・真吾さんの指導を受けながら成長し、プロボクサーとして世界の舞台に立ちました。
兄が「モンスター」と称される圧倒的な強さを誇る一方で、拓真さんはテクニシャンタイプのボクサーとして独自のスタイルを確立しています。
父・真吾さんが2人の息子を同じ座間市の実家でボクシングの教育を施し、2人とも世界チャンピオンに育て上げたことは、指導者として並外れた才能を示しています。
兄弟チャンピオンが生まれた背景
父・真吾さんが24歳で趣味としてボクシングを始め、6歳の尚弥さんを連れてジムに行ったことが兄弟のボクシング人生の出発点でした。
「子どもをチャンピオンにしたいとか、夢を抱いていたわけじゃない。純粋に日々、少しでもボクシングがうまくなるように。それだけ」と真吾さんが語るように、過度なプレッシャーをかけずにボクシングへの純粋な情熱を育てたことが兄弟の才能を開花させました。
同じ実家で同じ父の指導を受け、2人とも世界王者になったという事実は、日本ボクシング史上類を見ない偉業です。
拓真さんと尚弥さんの兄弟関係
拓真さんは大橋ボクシングジムに所属し、兄と同じジムで練習しながら互いに切磋琢磨しています。
兄への強いリスペクトを持ちながらも、独自のスタイルで世界の舞台に挑み続ける拓真さんの姿は、井上家が育んだボクシングへの情熱を体現しています。
座間市の実家から2人の世界チャンピオンが生まれたという事実は、真吾さんと美穂さんという両親の子育ての結晶といえるでしょう。
拓真さんは現在も大橋ボクシングジムで精力的に活動しており、兄・尚弥さんとともに日本ボクシング界を牽引し続けています。
兄弟が同じ実家で育ち、同じ父のコーチングを受けながら互いに切磋琢磨した環境が、2人の世界チャンピオンを同時に生み出す唯一無二の条件を作り出したのです。
井上尚弥の実家を育んだ父・真吾の職業遍歴と子育て哲学
- 父・真吾さんのボクシング経歴と尚弥への指導
- 幼少期のボクシング入門と生い立ち
- 相模原青陵高校時代と時給850円のアルバイト
- 座間事件と実家のアパートをめぐる混乱
- 父・真吾さんの金銭教育と子育て哲学
父・真吾さんのボクシング経歴と尚弥への指導
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真吾さんがボクシングを始めたのは24歳のとき、趣味としてでした。
「結婚してからボクシングを始めたということもあり、いい加減にはやりたくないという思いが強く、真剣に練習に励んだ」といわれており、アマチュアとして2戦2勝という戦績を残しています。
アマチュアボクサーとしての活動
真吾さんがボクシングに熱中する姿を見て、「やってみたい」と言ったのが6歳の尚弥さんでした。
父親がジムに行くのに連れて行くという自然な流れでボクシングを始めた尚弥さんは、やがて父を超え世界最高峰の選手へと成長していきます。
真吾さんはその後、事業が多忙になったことでアマチュアでの現役生活を退きましたが、息子の指導者として第二のボクサー人生を歩み始めます。
父子の師弟関係と指導スタイル
真吾さんの指導スタイルは「事前に徹底的に準備して、リング上での尚弥の感覚に任せる」というものです。
「試合前、対戦相手を徹底的にイメージし、考えうる動きをすべて想定して練習を重ねる。だから、事前に作戦の打ち合わせはしない。リング上での尚弥の感覚に任せている」という言葉が、真吾さんの指導哲学を示しています。
父・真吾さんのコーチングは単なるボクシング技術の指導にとどまらず、思考法・準備の徹底・精神面の鍛錬まで及んでおり、それが尚弥さんの「モンスター」としての総合力を生み出しました。
父子コンビ解消の危機と和解
2016年9月4日の試合で尚弥さんが相手をなめてプレーしているように見えたと感じた真吾さんは、「練習してきたことと、反対のことをしていた」と激怒し、連絡を断って車中泊で2日間を過ごすほどの衝突がありました。
しかし実際は試合の2週間前にスパーで腰を痛め、試合中に腰痛が再発していたことが原因でした。
「心配をかけまいと尚弥は言い出せなかったというが、『何かあったら言わないとダメだね』と2人は確認し、わだかまりはなくなった」というエピソードは、父子の信頼関係の深さを示しています。
幼少期のボクシング入門と生い立ち
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井上尚弥さんは1993年4月10日、神奈川県座間市で生まれました。
父・真吾さんが趣味でボクシングを始めた時期に育ち、6歳という早い年齢でボクシングと出会うことになります。
6歳でのボクシング入門
父が24歳でボクシングジムに通い始めた際、幼い尚弥さんも一緒に連れていかれるようになりました。
「自身が趣味ではじめたボクシングに尚弥が興味を持ったのが6歳の時。それからずっと、指導を続ける」という真吾さんの言葉が示すように、父と子のボクシングへの旅はここから始まりました。
「子どもをチャンピオンにしたいとか、夢を抱いていたわけじゃない。純粋に日々、少しでもボクシングがうまくなるように。それだけ」という真吾さんの姿勢が、余計なプレッシャーをかけない健全なボクシング教育の原点となっています。
幼少期の尚弥さんの様子
幼少期の尚弥さんは父・真吾さんの経営する明成塗装の社会的基盤に支えられ、「何不自由なくボクシングに専念できる環境」の中で育ちました。
座間市の実家は父が29歳で建てた比較的広い住宅で、家族全員が揃って生活できる環境が整っていました。
小学生の頃から「家事を手伝った際に報酬として100円・200円のお小遣いをもらっていた」というエピソードは、幼少期から労働の価値と報酬の概念を教えてきた父・真吾さんの教育方針を反映しています。
プロデビューへの道のり
高校卒業後の2012年10月2日、19歳でプロデビューを果たした尚弥さんは、デビューから無敗を継続し急速に世界の舞台へと駆け上がっていきました。
2014年には2階級制覇を成し遂げ、その後4階級4団体統一という前人未到の偉業を達成するまでの軌跡は、座間市の実家で培われた基盤の上に成り立っています。
尚弥さんのプロフィール表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 井上尚弥(いのうえ なおや) |
| 生年月日 | 1993年4月10日 |
| 2026年04月18日現在の年齢 | 33歳 |
| 出身地 | 神奈川県座間市 |
| 高校 | 相模原青陵高校 |
| 職業 | プロボクサー |
| 所属ジム | 大橋ボクシングジム |
| 主な実績 | 4階級世界制覇・2階級4団体統一王者 |
相模原青陵高校時代と時給850円のアルバイト
井上尚弥さんは神奈川県の相模原青陵高校に進学し、ここで後に妻となる咲弥さんとも出会っています。
高校時代には父・真吾さんの「社会常識を知るためにアルバイトをしなさい」というアドバイスを受けて、時給850円の工場でアルバイトをした経験を持ちます。
時給850円工場バイトの意義
高校生の尚弥さんは知人を頼って自分で仕事を見つけ、時給850円の工場での仕分け・梱包作業を半年間続けました。
焼酎のビンが詰められた重たい荷物なども運ぶ仕事で、「それなら筋トレ代わりになる」と働き続けたといいます。
「社会常識を知る、社会勉強のつもりでアルバイトをしてみなさい。決まった時間に決まった仕事を毎日して、自分でお金を稼ぐ大変さを経験してみなさい」という父の言葉が、尚弥さんの金銭感覚の礎となりました。
初めてのバイト代の使い道
初めてのバイト代をもらったとき、尚弥さんは母・美穂さんにリクエストされていたスニーカー(約8000円)をプレゼントし、さらに家族全員で焼肉にご馳走しました。
「そういう経験があり、お金を稼ぐことの大変さを知っているからファイトマネーをドンともらっても金銭感覚が麻痺することはない」という尚弥さんの言葉は、このアルバイト体験が生んだ健全な金銭感覚を示しています。
高校時代の恋愛と咲弥さんとの出会い
相模原青陵高校で咲弥さんと同学年として入学し、友人を通じて知り合ったのが2009年のことでした。
「ずっと連絡取り合っていて、付き合ってないのに一緒に学校行ったりしていたんですけど、向こうが『うちらの関係って何なの』みたいなことを言って、『じゃあ、付き合おうか』って言わされちゃった」と尚弥さんは笑って語っています。
2015年12月1日に入籍し、現在3人の子供(明波さん、長女、次女)に恵まれており、家族への思い入れがリング上での強さにつながっています。
尚弥さんが「(告白は)自分からですね」と語った相模原青陵高校での馴れ初めは、座間市の実家と隣接する相模原という地縁が生んだ縁でもありました。
座間事件と実家のアパートをめぐる混乱
2017年10月、神奈川県座間市で発生した「座間事件(座間9人殺害事件)」は、日本を震撼させた凄惨な事件でした。
この事件の舞台となったアパートのオーナーが、実は父・井上真吾さんであったことが報道されて大きな話題となりました。
座間事件の概要と真吾さんの関係
2017年10月、神奈川県座間市のアパートの一室で9人の遺体が発見された座間事件では、そのアパートのオーナーが父・真吾さんであることが報道されました。
不動産業を営む真吾さんが所有する12部屋のアパートのうちの一室が犯行現場となったもので、真吾さん自身は事件に何ら関与していません。
真吾さんは取材に対して「頭の中が真っ白になり、ぞっとした。困惑している」と苦しい胸の内を明かし、「被害者の方へ供養の意味を込めておはらいをしたい」と語りました。
事件後の対応と継続運営の方針
真吾さんは事件後も「住人から継続居住の希望があることから、アパートの運営は続けていく」という方針を示しました。
オーナーとして適切な管理を行っていたにもかかわらず、このような事件に巻き込まれてしまったことは、不動産業者としても非常に辛い経験であったと想像されます。
この出来事は、真吾さんが経営する不動産事業において想定外のリスクが存在することを示す出来事となりましたが、真吾さんのオーナーとしての誠実な対応は評価されています。
「被害者の方へ供養の意味を込めておはらいをしたい」という真吾さんの言葉には、事件に無関係であっても被害者への誠意を示しようとする真摯な姿勢があらわれています。
尚弥さんへの影響と家族の絆
2016年の試合後のインタビューで尚弥さんが「家族で色々とゴタゴタありまして…」と述べたことが一時「離婚の噂」として広まりましたが、実際のゴタゴタは父・真吾さんとのコンビ解消の危機であったとされています。
また2017年の座間事件も家族にとって辛い出来事であったにもかかわらず、尚弥さんはリング上で強さを発揮し続けており、家族の絆がいかに固いかを示しています。
父・真吾さんの金銭教育と子育て哲学
父・真吾さんが尚弥さんに伝えた最も重要な教えの一つが金銭感覚の教育です。
「ファイトマネーには手をつけるな」「無駄遣いをするな。将来のために貯蓄しろ!」というのがプロになってからの父の教えでした。
「無駄遣いをするな」という金銭教育
小学生の頃から家事の報酬として100〜200円のお小遣いを渡し、高校時代にはアルバイトで自分でお金を稼ぐ経験をさせた真吾さんの教育方針は、一貫して「働いてお金を稼ぐ大変さを知れ」というものでした。
その結果、尚弥さんは「そういう経験があり、お金を稼ぐことの大変さを知っているからファイトマネーをドンともらっても金銭感覚が麻痺することはない。ごくたまに衝動買いはあるが、無駄遣いはほとんどせず経済観念はある」と語っています。
世界的な選手になっても堅実な金銭感覚を保てているのは、父・真吾さんの子供時代からの継続的な金銭教育の賜物といえるでしょう。
「人と違うことをやれ」という人生哲学
真吾さんは尚弥さんに対して「軽量級ボクサーの固定観念を破壊したい」という高い志を持って挑むよう教えてきました。
「世界で軽量級ボクサーに持たれている固定観念を破壊していかねば面白くない」という尚弥さんの言葉は、父の高い志を受け継いだものです。
バンタム級4団体統一、スーパーバンタム級4団体統一という前人未到の偉業は、まさに「固定観念を破壊する」という哲学の体現といえるでしょう。
ビジネスとボクシングを両立する父の背中
真吾さんが塗装業・不動産業・プロモーション・トレーナーという複数の仕事を同時にこなす姿は、尚弥さんに「準備と努力を惜しまない」という姿勢を自然と伝えてきました。
「事前に徹底的に調査を重ね、この値段なら買っていいという額を妥協しない」というビジネスの信条が、ボクシング指導でも「相手の動きをすべて想定して練習を重ねる」という徹底した準備主義につながっています。
世界最高峰のボクサーを育てた父・真吾さんの生き様は、座間市の実家から発信された「家族の教科書」といえるでしょう。
井上尚弥の実家と父・真吾の生い立ちに関する総まとめ
- 井上尚弥の実家は神奈川県座間市にあり、父・真吾さんが29歳で建てた自宅
- 父・真吾さんは1971年8月24日生まれ、山梨県出身で現在は座間市在住
- 明成塗装・不動産業・井上プロモーション・大橋ボクシングジムトレーナーと多彩な顔を持つ
- 真吾さんは小学2年で両親が離婚、15歳で美穂さんと出会い19歳で結婚
- 24歳で趣味としてボクシングを始め、アマチュア2戦2勝を残して息子の指導者へ
- 6歳の尚弥さんが父の練習を見て「やってみたい」と言ったのがボクシング入門のきっかけ
- 高校は相模原青陵高校で、妻・咲弥さんと同学年として出会い2015年12月1日入籍
- 高校時代に父の勧めで時給850円の工場でアルバイト、初バイト代で母にスニーカーを贈る
- 2012年10月2日に19歳でプロデビュー後、4階級世界制覇・2階級4団体統一を達成
- 弟・拓真さんもWBC世界バンタム級王者で兄弟ボクシングチャンピオン
- 2017年に発生した座間事件のアパートオーナーが父・真吾さんだったことが判明
- 父の教え「ファイトマネーには手をつけるな」「無駄遣いするな」が健全な金銭感覚を育てた
- 父・真吾さんが29歳で建てた座間市の実家は2人のボクシング世界王者を生んだ「チャンピオンの家」
- 長男・明波さん(2017年10月5日生)が苦戦のドネア戦で父を救った存在として有名
- 現在のトランクスの「AAA」は3人の子供(明波・長女・次女)のイニシャルを表している

